一個の人間

※※※7月26日(木)県立聾話学校訪問調査、市民相談・現地調査※※※

滋賀県立聾話学校は昭和3年4月に開校した聴覚障害児・生に対する学校教育教育施設です。 聴覚障害のある3歳以上の幼児が在籍するの幼稚部から、満6歳以上の児童が在籍する小学部、満12歳以上の生徒が在籍する中学部、そして、中学部をの課程を終えた生徒が在籍する高等部で組織されています。

しかし、その他にも地域支援活動として、0・1・2歳児に対しても指導支援活動をされており、聴覚障害を持つ子ども達に対する県下唯一の学校として厚い信頼と期待をされている学校です。 本日訪問させて頂いている時にも、幼稚部に学ぶ幼児とお母さんが遠く大津京のご自宅から来られていました。

また、暑い中、卓球や陸上に汗を流す中学生、友達3名と黙々と宿題に精を出す高校生などの姿を見るにつけ、それぞれに一つの人生を大切に過ごしていることが感じられました。 何処から来ているのかと尋ねてみますと、遠く長浜や彦根などから来ているとのことでした。

校舎内を見学させて頂いたところ、特に聴覚障害を持つ子ども達が集中して学ぶための様々の工夫と配慮ががなされており、本校の聴覚障害を持つ子ども達への教育の伝統と誇りが感じられました。 その中で、今日であった子ども達は皆、目も顔も輝いており、生き生きと学校生活を送っている事が良く分かりました。

聾話学校正面玄関で清水代表と

武者小路実篤 ・・・ 詩集「一個の人間」から

~  ~  ~  自分は一個の人間でありたい。                                  誰にも利用されない、誰にも頭を下げない、一個の人間でありたい。               他人を利用したり、他人をいびつにしたりしない、その代わり自分もいびつにされない、    一個の人間でありたい。                                          自分の最も深い泉から、最も新鮮な生命の泉をくみ取る、一個の人間でありたい。          誰が見て これでこそ人間だと思う 一個の人間でありたい。 ~  ~  ~

大津市の中学生いじめ自殺事件から、私達は学校教育の中の何を知り、どう感じたのでしょうか? 私は、教育は1人の人間が1人の人間として尊重されることから始まるものであると教えられてきました。 そこを出発点として、1人ひとりの個性が認められ、それぞれにあった学問や知識・技能、思いやりや正義・公正、挨拶や礼儀、そして、人間関係などが育まれ、全人格的な発達が促されるものです。

どんな立派な学問的成果が得られても、1人の人間を尊重できない精神しか育めない学校は、教育機関とはいえません。

教育改革に直球勝負。