行きつけのおうどん屋さんの店内の壁に掛かっている短冊、「春夏冬 二升 五合」。 「春夏冬」は、「秋」が無いので「あきない = 商い」。 「二升」は、一升枡が二つで「升升 = 益々」。 「五合」は、一升の半分で「半升 = 繁盛」。 つまり、「商い益々繁盛」です。 よく、古い食堂で見かけます。 何となく懐かしく、それでいて今更ながら成る程と感心しながら、天ぷらうどんをすすってました。
さて、そのうどん屋さんにはもう一枚色紙が飾ってあります。 色紙の真ん中に「口」の字、口の字を下に付けて「吾」、左に付けて「唯」、上に付けて「足」、右に付けて「知」の漢字が作られています。 この四字「吾、唯、足、知」 を右回りに読み、 「われ、ただ、たる(を)、しる」です。 (正しくは漢文で読みますので、上・右・左・下と読み、「吾、唯、知、足」ですが。)
この言葉は、京都・竜安寺の茶室横に置かれたつくばい(手を清める石の器)の上面に刻まれています。 意味は、「全て完全なることを求めず、少し足らないことの大切さ」を説いた言葉です。 さすが禅寺だけに深い話ですが、これは竜安寺の方丈庭園である有名な「石庭」のいわれからです。(今、JR東海がテレビCMでこの石庭を放映していますので、是非、ご覧下さい。)
竜安寺の石庭には、15個の石が配置されていますが、どこから見ても1個が隠れており、14個しか見えません。 私も一生懸命に見たのですが、わざと1つだけが他の石に隠れる様にに作られおり、やはりどの角度から見ても14個しか見られません。 つまり、禅の教え、足らざる局面が作られています。 この庭園の意図する「吾唯足知」を刻したつくばいを徳川光圀(水戸黄門さん)が寄贈したのだそうです。
実は、今は亡き母の口癖が「あんまりきちんとやり過ぎんほうがええで。 ほどほどにしときや。」でした。 これって、「吾唯足知」の教えと同じでしょう。 私の性格を知り尽くした母ならではの私への遺言だと昔から思っていました。
一杯のうどんの最後は、母のこの言葉を思い出して、鼻水と共にうどんをすすっていました。 今日のうどんは、いつもより少々しょっぱい味でした。
足るを知る人生に直球勝負。
