事務所パソコンの不具合が発生しました。 大変申し訳ありません。 昨日の「忠臣蔵」の続きを書いています。
さて、昨日の「忠臣蔵」の続きですが、本日は赤穂47士の総大将・元家老の大石内蔵助についてです。 内蔵助には妻・りくと長女、長男、二男、そして、りくのお腹の三男の家族がいましたが、討ち入りの直前に、内蔵助は長男だけを自分の側に置き、妻を離縁しています。 これは、討ち入り後の家族に降りかかる幕府の仕置きを避けるためです。
そこで、りくは二男を近くの寺に入門させ、生まれてきた子供を里子に出します。 しかし、次男は体調を崩し19歳で他界、三男も里子先を突き止められます。 討ち入り義士の子息は15歳以上は、全て島流しにされていましたので、この三男もいずれ島流しの運命でした。 この様に、赤穂藩主浅野内匠頭のご乱心は、多くの人の運命までも悲惨なものにしたわけです。
しかし、この三男に手をさしのべる大名も現れます。 現在の広島県浅野家が、この三男を召し抱え、りくと共に大事にしたそうです。 私が広島の大学へ進学して、広島で暮らし始めた直後にこの話しを聞き、何かしら因縁を覚えました。 広島の浅野家は、大石家の存続を助けることにより武士の意地と誇りを守りました。 そこに、民衆の声、県民の意見を聞くことの大切さを感じた次第です。
今日は、パソコンの不具合で失礼しました。
為政者の姿勢に直球勝負。
