新年早々の風邪(多分、インフルエンザ)も4日目です。 今日も終日家に籠もりテレビ守りと書類整理、そして、読書三昧でした。
その中で、面白い本を見つけ3日がかりで読破しました。 この本は、織田信長が重臣・明智光秀に殺害された「本能寺の変」の真実に迫るという内容でした。
歴史上の人物人気NO1の信長を語るうえで避けて通れないのが「本能寺の変」ですが、光秀がなぜ謀反を起こしたのか、日本史のなかでも最大のミステリーとされています。
その謎をめぐっては、信長からの理不尽なイジメに光秀が憎しみを抱いていたという「怨恨説」から、一武将として天下取りをねらった「野望説」があります。
また、個人的理由で謀反に至ったという「単独犯行説」から、豊臣秀吉や徳川家康、朝廷などを首謀者とする「黒幕説」まで、さまざまな説があります。
この本では、定説といわれてきた「怨恨説」や「野望説」などを否定し、光秀が一族の領地没収や生き残りを賭けたからこそ、謀反の実行に至ったという説を展開しています。
後年、秀吉は朝鮮出兵を決める際に、多くの国替えや領土替えを行いましたが、著者は、秀吉のこの考えは信長のアイデアが元になっていたと指摘しています。
当時の光秀の年齢は67歳と推定され、遅くして生まれた嫡男の光慶は13歳。 光秀が子の代の生き残りに不安を感じていたと著者は推察して、持論を展開しています。
老いた身体にムチを打って信長に仕え、天下統一でその苦労が報われると思った矢先に中国への遠征。
子孫もろとも異国の地に移封されることを恐れ、天下統一が果たされる前にその歯車を止めなければとの想いが、光秀を謀反に駆り立てた「真の動機」であったとしています。
日本史に語り継がれるクーデター「本能寺の変」。その首謀者として、現在でも「裏切り者」「悪人」のイメージがつきまとう明智光秀。
類まれなる才覚ゆえに、信長の政権構想に巻き込まれ、後世では秀吉の情報操作を受けた、不遇の武将でした。
「一族の生き残り」に命を賭けた光秀にとって、子孫である著者・明智憲三郎氏が、その「汚名」を晴らそうとする興味深い1冊でした。
本能寺の変の真相に直球勝負。




