問題児の分離政策

※※※6月23日(月)「チームしが」選対会議、第3区選対会議※※※

何年か前、テレビ番組で「良い子、悪い子、普通の子」というコーナーがありました。 萩本欽一、「鈞ちゃん」が仕切るお笑いコント番組の人気コーナーでした。

良い子は頭髪を七三に分けて眼鏡をかけた少年、悪い子はリーゼントの頭髪で長ランを着た不良風少年、普通の子は髪の毛を分けず、眼鏡をかけない少年という設定でした。

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この番組を観ていた頃は、自分自身もこの設定を当たり前のように感じていましたが、教員となって、実際に生徒と接する様になってからは、これは違うなと思っていました。

そもそも、良い子の「良い」や悪い子の「悪い」というのは、何を指しているのでしょうか?  成績の良し悪し、性格の善し悪し、素行の良し悪し、服装の善し悪しでしょうか?

私の経験から言うと、成績は良くとも性格がとても悪い子はたくさんいました。 また、成績や性格は悪くとも、特に服装がだらしないと言うことはない子もたくさんいました。

反対に、成績は悪くとも、とても性格の良いこもたくさんいました。 服装がだらしなく、外見がとても悪くとも、思いやりが有り、親切で優しい子もたくさんいました。

35年間の教員生活で学んだ事は、子ども達の様々な態様は、多くの場合、子ども達自身の問題と言うより、家庭的な背景が大きく影響するということです。

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さて、大阪市教育委員会が打ち出した授業妨害などを繰り返す児童生徒達を学校から引き離し、1箇所に集めて指導する問題児の分離政策」についての感想です。

確かに、多くの児童・生徒が教室内に入らず騒いだり、教室内で授業を妨害したりして、教員や学校が振り回されて、一般の児童・生徒に迷惑がかかっている場合の対応は難しいものです。

しかし、先にも述べた通り、どの子ども達も仲間と群れたい、同じように勉強したいという気持はあります。 これは学校で荒れる子も、学校へ来られない子でも一緒です。

一般生徒を守るために、邪魔者のように分離された子どもはどの様に考えるのでしょうか。 この様な引き離し対策は、本当に効果があるのでしょうか。

学力成績だけで「良い子・悪い子」と分別する感覚、成績の良い子は性格も素行も良いという幻影に惑わされず不条理極まりない社会の中で強く生き抜く力を身に付けさせてやりたいものです。

家庭に問題を抱え、自己矛盾と葛藤を繰り返す思春期の子ども達が発するSOSのサインを、学校、教員、家庭、地域が受け止め、総合的な見地から指導できる力量が求められています。

子どもの持つ自己教育力に直球勝負。