巨人軍の原辰徳監督の父、原貢氏(享年79歳)が逝去されました。 心からご冥福をお祈り申し上げます。
原氏は、1965年夏の第47回全国高校野球選手権大会で、福岡県立三池工業高校を初出場で初優勝に導くという快挙を成し遂げられた指導者です。
その後、東海大相模高校に招かれ、1970年夏の第52回選手権大会でも再び日本一に導きました。 県の違う2チームを優勝させた監督は原氏のみです。
1974年に東海大相模高校に原辰徳氏が入学し、親子で甲子園に出場された時、私は大学二年生でしたが、観戦に行った思い出があります。
監督として甲子園春夏9回出場、通算17勝7敗。 私も高校野球の指導者として勉強していた時、お手本とさせて頂いたのは、蔦文也氏、尾藤公氏、そして、原貢氏の三氏でした。
特に、原氏の「野球を通して人を作る。」という指導方針は、私の指導理念とさせて頂いたものでした。 そして、もう一つは、「スクイズの有効性」に対する考え方です。
「スクイズバントは手堅いようで、実は確率が低い。」という意見ですが、これは、蔦氏、尾藤氏とも見解が一致しており、私も同じ考えでしたので、実践していました。
「冨波は絶対スクイズをさせない。」というイメージを定着させるために、秋の新チーム結成から翌年の夏の大会までの1年間、スクイズを封印したことがありました。
そして、県大会準決勝戦で、大会屈指の好投手からスクイズで1点を取り勝利し、対戦相手校の監督から「絶対スクイズは無い。」と指示したとお聞きしたことがあります。
その時も、一球目は外野フライを上げるつもりで強振させた2球目でした。 これはカモフラージュではなく、その強振の様子を見た相手投手の様子を見ての判断です。
蔦氏、尾藤氏、原氏の三人ともに、「攻撃型野球」を信条とされており、私も同様に「攻撃型野球」の指導者でしたので、大変勉強になりました。 ご冥福を心からお祈り致します。 合掌。
原貢氏の野球哲学に直球勝負。




