花の下で春死なむ

※※※3月28日(木)篠原駅周辺都市基盤整備推進協議会総会※※※

この時季よく謳われる歌に「願わくば 花の下にて 春死なむ。 その如月の望月の頃」があります。 ご存じ、西行法師が詠んだとされる和歌です。 そして、この歌をこよなく愛したとされるのが、明治のキリスト教学者、内村鑑三です。 桜の時期になると、西行の歌と共に内村鑑三を思い出します。

以下、高校時に学んだ日本史の授業ノートから。 「内村は3年半の米国留学生活で、『祖国こそ、高遠な目的と高貴な野心とをもって世界と人類のために存在する神聖な実在である。』との結論を得る。」と書いてあります。 また、その下の行には、「内村の心には常に2つのJ 『Jesus(イエス)、Japan(日本)』があった。」と書かれ、赤色でマーキングしてありました。

内村が日露戦争時に非戦論を展開したことは有名ですが、それ以前に起こった日清戦争時には「義戦」と評価しています。 その理由を「巨額の国費が一日で消える戦争は国家の大艱難(かんなん)である。」としています。 そして、「国家に最も忠実なる者は、戦争を勧める者ではなく、これを引き留める者である。」とも表しています。

さて、日本近海の島を巡り、中国、韓国、ロシア、更には、北朝鮮などとの交戦の可能性が云々されています。 外交・防衛に強硬論を声高で叫ぶ者がもてはやされているように感じますが、内村が主張した真に国家に忠実な者は、この様な人達出ないことは明白です。 憲法改正にしても、TPP交渉にしても同様だと感じています。

今日、3月28日は1930年に内村鑑三が死去した日です。

交戦論に直球勝負。