野洲市銅鐸博物館

※※※3月20日(水)市民相談1件、市内調査3件※※※

野洲市歴史博物館(銅鐸博物館)で、3月16日~4月21日の期間中「八夫(やぶ)のくらし」展が開催されているのでお邪魔させて頂きました。 「八夫」は母の親元でもあり、当館専門員の古川与志継氏の丁寧なお話を伺いながら、興味深く展示品を拝見させて頂きました。 先ずは、職員の皆様のご親切に心から御礼申し上げます。

野洲市銅鐸博物館 

八夫のくらし」 ~ 苗村家文書を見るは、八夫の歴史と暮らしを古地図や苗村家の古文書から見て行く企画ですが、当時の村や田畑の様子、地域自治の仕組みなどが大変によく分かります。 何より八夫村は、この辺りでは最も豊かな農村地帯であることが分りました。 このため、複数の有力者によって分割的に支配されているという複雑な自治体制下にありました。

「八夫のくらし」展 

さて、江戸時代に銅精錬業で大財閥となった「住友財閥」は、明治維新後の大改革で一大危機を迎えます。 この危機を救い、現在に至る大住友財閥の礎を築いた住友家の番頭広瀬宰平が、近江国野洲郡八夫村の旧家、北脇家の次男として生まれています。 幼名を駒之助、明治維新後に宰平と名乗り、後に住友の家政改革を断行し、実質上の経営者である総理代人に上り詰めた立志伝中の人物です。

広瀬宰平

私の母は、この北脇家から来ていると聞かされていましたので、これを調べることも目的でした。 同時に「冨波(とば)」姓の由来も解明したいと考えていましたが、なかなか目的を果たす訳には行きませんが、私のライフワークとしたいと考えています。

玄関展示の銅鐸 

この夢を叶えてくれる場所が野洲市考古学博物館銅鐸博物館)です。 今日は、久し振りに銅鐸の歴史もゆっくりと勉強させて頂きましたが、とても興味深く、面白い。 こんな大きな銅鐸が、こんなにたくさん出るということは、近くに大がかりな鋳造所があったことを意味し、これは、この付近一体が一大文明地帯であったことに他なりません。 考えただけでもワクワクし、夢が広がります。

銅鐸陳列コーナー 

皆さんも、是非、野洲市古学博物館(銅鐸博物館)へおいで下さい。 人生観が変わりますよ。

入り口モニュメント

私のルーツに直球勝負。