人を信じる意味

※※※12月20日(木)※※※

私が今年読んだ中で一番心に残った本として、安壇美緒の『天龍院亜希子の日記』(小説すばる新人賞受賞作)を紹介します。 

この本は、その題名とは裏腹に、何のとっぴな設定も凝った文体もない、非常に読みやすい、ありふれた小説でした。

主人公は人材派遣会社に勤める27歳の男性で、残業も多く、職場の人間関係はギクシャクしており、休日はネットサーフィンをして求人サイトを見るぐらいしかやることがありません。

そんな主人公の退屈な日常を支えているのは、小学校時代の同級生である天龍院亜希子の日記と、小学校時代に憧れていた元プロ野球選手・正岡の薬物スキャンダルのニュースでした。

主人公は小学校時代に、天龍院亜希子の大層な名字をからかって泣かせたことがありますが、接点はその時ぐらいで、小学校卒業以降は顔を合わせたこともありません。

しかし、偶然にネット上で彼女の日記を発見し、いつしかそれをチェックするのが彼の日課になっていきます。

また、甲子園の本塁打記録を持つ元プロ野球選手の正岡の薬物スキャンダルをチェックすることも彼の日常となっていきます。

野球少年だった主人公にとって正岡は憧れの選手で、子どもの頃に神宮球場で正岡からサインボールをもらった時の喜びを忘れずにいました。

しかし、この二つの出来事が主人公の日常や物語に大きく関与することはありませんでした。

これらは、彼の日常の中の一コマであり、毎日同じように人材派遣の仕事をこなし、遠距離恋愛の恋人との会話が語られるだけです。

そう聞くと、単調でまるで面白みのない小説のように思えるかもしれない。

この小説を読んでいる時に、この先はこうなるだろうと思いながら読んでいましたが、フィクションの世界にありがちな都合のいい展開は、この小説には一切ありませんでした。

このリアルなほどの展開に自分はとても共感し、心打たれました。

物語の終盤に、主人公がある人物から人を信じることについて説かれるこんな場面があり、大いに共感を覚えました。

この場面で主人公は、「人を信じたところで、それがその人に伝わることはない」と言われます。

しかし、それでも信じ続けることで、今度は自分がつらくてどうしようもない時に、「この世の誰かが、どこかでひそかに自分を応援してくれてるのかもしれないという呆れた希望を持つことができる」と説かれます。

この一節に心惹かれ、共感を覚えました。こういう一節に出会うことこそが、読書の最大の楽しみなではないでしょうか。

何の変哲もないありきたりな小説でしたが、私も「呆れた希望」を持ってみようと思える1冊でした。

直球勝負。