独裁者の末路

※※※10月22日(月)※※※

徳川幕府の大老、井伊直弼による「安政の大獄」により、吉田松陰(享年29歳)が処刑されたのは、1959年10月27日の出来事です。 

はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも、 留め置かまし 大和魂」、これは松蔭が処刑時に詠んだとされる有名な辞世の句です。  

これを詠む直前の句の方は、「呼び出しの 声待つ他に 今の世に、 待つべき事の なかりけるかな」(呼び出しとは、死刑執行の通知)   

幕末の雄である長州藩のエリートとして育ちながら、全てを捨てて脱藩・密航を企て、幕末の政略により命を絶たれる。 

何が彼をそこまで駆り立てたのだろうと思いますが、その真意は誰にも分かりません。 

さて、テレビや新聞では、サウジアラビアのジャーナリストであるジャマル・カショギ氏が、サウジ政府からトルコの大使館で拘束され、惨殺されたと報じています。

この件について、マスコミではサウジアラビアの皇太子・ムハンマドの深い関与を伝えており、私達は報道により、改めてこの国が極めて独裁的な国家だと言うことを知りました。

また、アメリカ大統領との商売仲間という事実が、この事件を闇に葬る可能性も取りざたされており、今更ながら政治的な取引が正義となる社会の在り方を思い知らされています。

「安政の大獄」の首謀者井伊大老は、水戸藩士により江戸城桜田門外で斬殺されたのを始めとして、ドイツのヒトラー、ルーマニアのチャウシェスク、イラクのフセイン、リビアのカダフィーなど、名だたる独裁者は全て哀れな最期を遂げています。

さて、この先サウジの皇太子の運命やいかに。

反独裁に直球勝負。