憲法改正論議の肝

※※※5月7日(日)※※※

自由や民主主義、人権、法の支配の原則こそが、世界に繁栄をもたらす基盤である。 我が国は、こうした基本的価値を共有する国々と連携を深て行きたい。」

これは、平成27年1月の安倍首相の「施政方針演説」です。

自由」、「民主主義」、「人権」、「法の支配」などは、近代西洋の産物と言われているものばかりで、首相は西欧由来の「法の下の統治」=「立憲主義」を高く評価していました。

立憲主義」とは、①「憲法を制定し、国家権力の暴走を縛る」、②「権力を分立し、基本的人権を守る」、③「違憲審査制度で多数派の横暴を防ぐ」等から成り立っています。

つまり、「国の在り方を定める憲法をつくり、この法に従い、国家権力を縛り、権力分立で人権を守り、多数派の横暴を抑止し、以て、国を治める。」という考え方です。

しかし、自民党の憲法改正草案では、この精神が後退し、日本国憲法の核心である「基本的人権」に関する条文が大きく変容しています。

現憲法では、「人権は永久不可侵」と宣言し、その根拠を示す「97条」も、また、前文として掲げられていた「人類普遍の原理」も削られています。

現憲法が第二次世界大戦後に米国から「押しつけられた憲法」とする見解、「戦後体制からの脱却」を目指す動き、「歴史認識」を見直す発言などとの関連性を強く感じます。

しかし、「基本的人権」の軽視は、個人より国家を優先する点で極めて由々しき憲法観、憲法論議です。

憲法とは、「国民を縛るものではなく、権力の暴走を制限する最高法規」であることを肝に銘じたいとつくづく感じます。

憲法改正論議に直球勝負。