日本人の本来の姿

※※※7月17日(日)※※※

今夏の参院選の大勝を受けて、何かと右翼化、国粋化の動きが強まっていると報道され、特に「日本会議」という組織の存在がクローズアップされています。

このことは、またの機会に書かせて頂きますが、今日は、「日本人の本来の姿」とは何か、について触れてみたいと思います。

私は、「日本人の本来の姿」とは日本人がDNAの中に組み込んできた生きる本能、日本人が長い歴史の中で育んできた心と精神だと思います。

それは、大陸から隔離された地理的な独自性から生まれた同族意識や、稲作文化が育んだ村を中心とした集団意識であり、大陸文化に大きく影響された独自の政治体制から作り上げられ、受け継がれた特有の人間性とも言えます。

私が、正に「日本人の本来の姿」とはこれだと感じたのは、2012年のワールドカップ女子サッカーの「なでしこジャパン」の宮間あや選手の行動です。

あの米国との決勝戦で最後のペナルティキックが決まった瞬間、なでしこの選手達は皆で抱き合い歓喜の輪を作り、喜びを爆発させました。

しかし、1人だけ、宮間選手だけはその輪の中になく、彼女の姿は米国選手の中にありました。 自分たちの勝利を喜ぶ前に、米国選手と激闘を称え合っていたのです

この感性こそ、日本人の神髄ではないかと感じました。 自分のことよりも、何よりも先ず、相手を思いやる心です。

剣道では、技が決まっても大はしゃぎせず、冷静に蹲踞(そんきょ)の姿勢をとり、最後の礼まできちんと行うこと、相手に対する礼が求められます。 対戦相手に対する思いやりです。

私は高校野球で、得点した時や安打を放った時、勝利した時に、腕を上げ歓喜のポーズをとることを自重する様に教えられました。

それは、自分達の喜びの裏には、必ず敗者がいること、敗者である相手への思いやりの大切さからです。 その教えは、自分が高校野球の指導者になってからも受け継いできました。

だから、選手にはガッツポーズや胴上げやばか騒ぎは、厳に慎ませてきました。 喜びを素直に表すこと以上に、他者への思いやりを優先させていました。

それが、真のスポーツマンシップだと今でも確信しています。 ですから、敗戦時に人前で涙を流すことも禁じていました。

泣くのならベンチやグランドで泣かず、人の見えない所で思い切り泣けと教えました。 これは、勝者への思いやりです。 これが私の考える、「日本人の本来の姿」です。

宮間選手の行動は、正に日本人が築き上げてきた「日本人の本来の姿」を表した行動として、私は誇らしく思っていました。

さて、参院選挙が終わり、改憲勢力が3分の2を超えたことで、早くも「改憲の必要性は、以前から言ってきた。」との声が聞こえてきました。

私の考える、「日本人の本来の姿」の一かけらも持ち合わせない人々達からです。 一体、日本はどこへ向かうのでしょうか。

日本人の本来の姿に直球勝負。