※※※9月14日(月)※※※
神社のおみくじが「凶」と出た場合、これをやばいと悲しむか、これを上昇の余地有りと喜ぶか。 野に咲く千草を「愛おしく」感じるか、雑草を「気に入らぬ」と嘆くか。
「逆境は不幸」と考えるか、「逆境こそ好機」と考えるか。 世の中の物事や出来事は、同じものでも「見方(考え方)一つ」で喜びにも悲しみにも、感謝にも不満にもなり得ます。
日々の平凡な幸福を喜ぶ人がいる一方で、毎日不平不満ばかりをこぼす人がいますが、こういう人は、周囲のみんなも不幸にしてしまいます。
教員時代に、こんな事を経験した事があります。 「自分はとても不運な校長だ。 私がいた学校は、私が転勤した後にばかり活躍する。」と憚らずに言う校長です。
しかし、その校長の日々の思いやりのない言動は、教職員を傷付けるばかりで、職場の士気は著しく低下していました。
その結果、彼が校長でいる間、学校の様々な活動は低調で、特に運動部は好成績を残せませんでした。
しかし、案の定、彼が次の校長と替わったとたん、学校は変わり、職員の士気は上がり、生徒達の大活躍が始まりました。
つまり、その校長は不運の下にいるのではないのです。
彼自身が周囲に不運の種をまき散らせていた、その結果が不運を招いただけのことだと、その時感じたものです。
踏まれることに不満を感じる花となるか、恵みの露に感謝を感じる花となるか。
そこにこそ、幸と不幸、運と不運の分岐点があると信じています。
花咲く人生に直球勝勝負。
