般若心経

※※※12月25日(木)※※※

もう20年数年位前になりますが、私は母親が病気療養中に「般若心経」を暗記しました。 それで、現在でも、「般若心経」を諳んじることが出来ます。

我が家の宗派は「浄土真宗大谷派」で、菩提寺は京都五条坂にある「大谷本廟」ですが、両親のお墓参りの際、必ず、「般若心経」を唱えます。

ところが、最近、「親鸞の教えを酌む真宗門徒には、般若心経の勤行はない。」という真実を聞き、少々というか相当気にしています。

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般若心経」は、写経をはじめ広く一般に親しまれてる、わずか262文字から成る短いお経で、「菩薩の智慧(般若)を得て、仏の悟りに近づく自力の実践行」です。

いわば、自己の力の実践において悟りを得ようとする教えなので、自力修行を尽くし切れるエリートの教えと言っても過言ではないとも言われています。

親鸞聖人は、一切の自力の行を積むことのできない者、たとえ積むことができても最後まで積み通すことができず、仏の悟りに近づけない私たち凡夫のことを『いずれの行も及び難き身』とお示し下さった

そのことから申して、自力の実践行というものは、かえって『無条件に汝を救う』とお誓いくださった阿弥陀さまの教えに背く行為ということになってしまう

本来、人間の努力を否定するものではないが、『いかなる力もわが力に非ず』という阿弥陀さまの絶対他力の中に生かされていることに目覚め、讃嘆されたのが親鸞聖人なのである。

教えというものは、何が何でも形から入るのではなく、ちゃーんと意味を理解してから従うべきである。 よって、親鸞の教えを酌む真宗門徒には、般若心経の勤行はないのである。

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クリスマスの日に我が国、我が家の宗教の教義について、しみじみ考えてしまいました。 これからどうしよう?

宗教の教義に直球勝負。