PTSDの治療

※※※11月27日(火)※※※

例年、11月27日が来ると思い出すトラウマがあります。 それは、学校の体育館に並ばされて首を切られるという壮絶なトラウマです。

それは、私が高校2年生の時に起きた、三島由起夫の「自決事件」が原因です。

yjimage1 1970年11月25日の午前11時、作家三島由紀夫は主宰する「盾の会」会員4名と共に新宿区市谷の陸上自衛隊東部方面総監部へ行き総監と面会し、総監を縛り上げます。

そして、自衛官を玄関に集合させることを要求し、12時に玄関前に集合させた自衛官に向かい、バルコニーから「自衛隊蜂起」の檄を飛ばしました。

檄の後、総監室へ戻り、三島と森田の2名が自決(割腹)するという事件が起こりました。

益荒男(ますらお)が 手挟む太刀の 鞘鳴りに 幾とせ耐えて 今日の初霜」(武士が携える刀の鞘が、早く事を行えとせかすのを 何年も我慢してきたが、今日いよいよ決行する。)

散るを愛(いと)う 世にも人にも 先駆けて 散るこそ花と 吹く小夜嵐」(自分が死んで行くのを嘆いてくれる世間や人に先駆けて、決意の内に死ぬことこそ美学だと吹く木枯らし。)

これは、自決する前に三島が詠んだ辞世の句2首ですが、今でも諳んじています。

さて、私のトラウマの原因は、その自決方法である「割腹」です。 いわゆる、戦国時代などに行われていた武士の自決方法です。

三島は持参した短刀で腹を左から右へためらいなく切り、その三島の首を「盾の会」会員の古賀必勝が切り落としました。

当時多感な高校2年生だった私にとっては、このニュースを聞いた時、それはもう大ショックでした。

そして、その夜は、体育館に全員が集められ、黒い顔した体育の先生に、私が代表として首を切られるという悪夢を見てしまいました。

何故、体育館なのか、何故、体育の先生であったのか、何故、私が選ばれたのかについては未だに不明ですが、とてもショックキングな出来事であったことは間違いありません。

さて、今日はこれに似た様なショッキングな事件が宮崎県高千穂で起こりました。 「一家6人惨殺、犯人と思われる次男は自殺」という凄惨な事件です。

小さな村で起こった事件です。 被害者の仲には小学2年生女児が居たそうで、通っていた小学校の児童達のPTSD(心的外傷後ストレス障害)も心配です。

私が経験した些細な経験でさえ、今でも思い出すくらいの後遺症です。 子ども達には、是非、十分なアフターフォローをお願いします。

PTSDの治療に直球勝負。