10月, 2018年

埋め立て承認撤回

2018-10-31

※※※10月31日(水)※※※

丁度1ヶ月前の沖縄県知事選では、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画に「反対」の民意が明確に示されました。

また、沖縄県では辺野古移設の賛否を問う県民投票条例が26日に県議会で成立したばかりです。

しかし、沖縄県による辺野古沿岸部の埋め立て承認撤回の効力は30日ということで、石井国土交通相によって、これにストップがかけられました。

約9万人分の有効署名を集めて実施を求めた「辺野古県民投票の会」は、来年4月末までに実施される県民投票の結果が出るまで移設工事を中止するよう政府に訴えてきた最中の出来事です。

移設反対の声に向き合おうとせず、埋め立て工事を強引に前に進めようとする政府の暴挙に対して、沖縄県民から激しい憤りが上がっています。

「怒りしか湧かない。辺野古に基地を移しても事態は何も変わらない」、「普天間か辺野古かと二者択一で迫るのはおかしい」との怒りの声です。

「何故、『唯一の解決策が辺野古』なのか、政府は知事選後、改めて県民に説明して理解を得ようともしないまま、県民投票を待たずに工事を進めようとしている」との指摘は正論です。

知事選で政権与党候補は、「県民に寄り添う」とのスローガンを掲げて戦った事実もあるのですから、もう少し「話し合うプロセス」を重視すべきだと考えます。

沖縄の基地問題に直球勝負。

安納芋の収穫祭

2018-10-30

※※※10月30日(月)※※※

愛しの家庭菜園便り。 今日は、安納芋の大収穫祭り!鳴門金時より、皮の色は薄いのですが、甘さは倍以上の高級芋です。

今年は約20㎝の最適サイズが揃って出てきました。 収穫時のこのささやかな幸福感がたまりません。

画像に含まれている可能性があるもの:1人以上、食べ物、屋外
 
画像に含まれている可能性があるもの:植物、屋外、自然
 
安納芋の収穫に直球勝負。

戦没者追悼慰霊祭

2018-10-29

※※※10月29日(日)※※※

野洲市中主地区出身者の戦没者追悼慰霊祭が兵主大社で催行されましたので、私も参列させて頂き、先の対戦で尊い命を捧げられた490余名の戦没者に哀悼の誠を捧げました。

兵主大社は、奈良時代(717年)に創建されたとされ、今年で丁度建立1300年にあたります。
 
境内の鳥居と桜門は、なんと足利尊氏が寄進したとされており、尊氏ゆかりの社宝が数多く残されていることから「兵主」の名があるそうです。

私の母は中主町八夫(やぶ)という在所の出身で、母の父も戦死者の一人ですが、今更ながらお国のためと赤紙一枚で招集され、自分の人生、家族の人生を犠牲にされた無念を感じざるをえません。

平和を謳歌する時代に生きる私でさえ感じる無情感です。

画像に含まれている可能性があるもの:冨波 義明さん、スマイル、立ってる
 
画像に含まれている可能性があるもの:屋外
 
画像に含まれている可能性があるもの:空、雲、屋外
 

戦没者慰霊に直球勝負。
 

健康しがを創る

2018-10-28

※※※10月28日(日)※※※

来年3月29日に告示される統一地方選挙の丁度6ヶ月前となり、現在野洲市内に掲示しているピンポスター(私一人が写るポスター)は、公職選挙法違反となります。

そこで、今日28日までに、野洲市内のピンポスター約200枚を、政治団体「チームしが」の二連ポスターに貼り替えました。

このポスターのキャッチコピーは「健康しがを創る」です。 

三日月知事と共に、県民の心身の健康、経済・産業社会の健康、そして、びわ湖を中心とした自然環境の健康を創るため頑張ります。

万が一、貼り替え漏れがありましたら、ご一報下さい。

画像に含まれている可能性があるもの:冨波 義明さん、清水 鉄次さん、、スマイル
 
来春を目指して直球勝負。

田中正造の大演説

2018-10-27

※※※10月27日(土)※※※

 田中正造(1841~1913年)は、日本初の公害事件と言われる足尾銅山鉱毒事件を告発した政治家として有名です。 

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第1回衆議院議員総選挙で初当選した年、渡良瀬川で大洪水があり、上流にある足尾銅山から流れ出した鉱毒によって稲が立ち枯れる現象が流域各地で起きました。

1900年、農民らがこの件で東京へ陳情に出かけようとしたところ、途中の群馬県邑楽郡川俣村で警官隊と衝突、流血の惨事となり、農民多数が逮捕されました。

1902年、国会でこの弾圧に抗議する「亡国演説亡国に至るを知らざれば之れ即ち亡国の儀につき質問書」を提出、演説しています。

民を殺すは国家を殺すなり。 法をないがしろにするは、国家をないがしろにするなり。 皆自ら国をこぼつなり、財用をみだり、民を殺し、法を乱して、しかして、亡びざる国なし。 これ如何」 、これは日本の憲政史上に残る大演説と言われています。

1912年6月17日の日記には、「真の文明は山を殺さず、川を殺さず、村を破らず、人を殺さざるべし。」と記されています

1913年、死の直前の日記では、「物質上、人工人為の進歩のみを以てせば、社会は暗黒になり、電気開けて、世間暗夜となれり。」 と記しています。

昨今の立憲主義をないがしろにする様な「辺野古軍事基地新設問題」への政府の対応を見るにつけ、政治家田中氏の先見性、政治家の発言の重さを感じざるを得ません。

大政治家の先見性に直球勝負。    

ガラシャの生き様

2018-10-26

※※※10月26日(金)※※※

散りぬべき時、知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ

この句は、織田信長を討った明智光秀の娘にして、キリシタン大名細川忠興の妻である細川ガラシャの辞世の句です。 

意味は、「散り際をわきまえてこそ花の価値であり、人も又、引き際をわきまえた立ち振る舞いにこそ人の価値がある」です。

辞世の句マニアの私の中でも、お気に入りベスト5に入るものです。

ガラシャは敬虔なクリスチャンですが、石田三成の攻撃に抵抗し、キリスト教で禁じられている自害を以てその生涯を閉じます。

よく場違いな言動をする人のことを、「空気を読まない人」、「空気が読めない人」と言いますが、最近、特に気になるのは政治家です。

知恵も知識も経験も手腕も無いのに、口先だけ、上辺だけの政策用語を知っていれば一人前の政治家だと思い込んでいる人達の増殖を見るにつけそう感じてしまいます。

この様な人達の言葉は空虚で宙を浮き、無責任に批判ばかりを繰り返すだけで、周囲の状況や人々に対する思いやりも心遣いない、パフォーマー政治家です。

周囲を見渡せる感性と能力を磨き、己の分際、身の程、そして、謙虚さと真摯に学ぶ姿勢を身につける事が政治家への第一歩だと感じています。

また、それができないのであれば、引き際を考えることが肝要でしょう。 

場になじむ言動に直球勝負。

チャリティーゴルフ

2018-10-25

※※※10月25日(木)※※※

野洲市体育協会主催の「第17回チャリティーゴルフ大会」を、甲賀カントリークラブで開催しました。

この大会は、前体育協会会長を務められた故・南清右衛門氏が心血を注がれた大会で、以前は「野洲市福祉ゴルフ」と称していました。

チャリティーを通じて頂いた皆様からの浄財を野洲市の福祉団体に寄付することを目的としています。

私も南前会長の意思を受け継ぎ、なお一層立派な大会となりますよう頑張ります。

尚、私の今日の成績は、43・47の90、第11位で、ドラコン賞を頂きました。

野洲市の福祉向上に直球勝負。

U15代表野洲っ子

2018-10-24

※※※10月24日(水)※※※

サッカーU_15日本代表選手として、野洲市立野洲北中学校の勝島新之助君が選出されました。

今日は、お母さんと共に野洲市を訪問しましたが、教育長に活躍を誓ってくれました。

今回は欧州に遠征し、フランス、イギリス、オーストリアなどと対戦する予定です。

フォアードとして、得点にからむ活躍を期待しています。

画像に含まれている可能性があるもの:3人、、川本 勇さん、冨波 義明さんなど、、スマイル、立ってる(複数の人)、靴
 
画像に含まれている可能性があるもの:6人、、北郷 玲子さん、冨波 義明さんなど、立ってる(複数の人)
 
画像に含まれている可能性があるもの:1人、座ってる、室内
 
野洲っ子の活躍に直球勝負。

野洲市の銅鐸文化

2018-10-23

※※※10月23日(火)※※※

今日は、野洲市が誇る文化財埋葬、いわゆる、「銅鐸博物館」にお邪魔しました。 そこで、野洲市の銅鐸ついて紹介します。

1881年(明治14年)野洲市(旧野洲町)にある大岩山で遊んでいた2人の男子中学生が大中小3個の銅鐸を発見しました。

翌日、その話を聞 いて駆けつけた大人達によりさらに11個が見つかり、計14個の銅鐸が発見されました。

この銅鐸の中には総長134.7㎝という我が国で最大長の銅鐸も含まれていたため、滋賀県令から博物局長に届けられ、東京帝室博物館(現・東京国立博物館)で詳細に調査されました。

しかし、地元の強い要望もあり、2個を東京に残して後は全て地元へ返還されたが全てが散逸し、現在地元には1個も現存して いません。

残り12個の内、10 個については、国内外の美術館、大学、寺院、個人等に散在していますが、所在は判明しています。

残る2個の銅鐸は現在も行方不明だそうで、当時の野洲の人々が、目先の欲望に負けて、世界に誇る 日本一の冠たる貴重な文化財を失ってしまったのは、誠に残念です。

その後、昭和37年に野洲市小篠原地先(こしのはら)地先の東海道新幹線の土取工事現場から、計10個の銅鐸が発見されました。

明治の銅鐸が散逸してしまったいることから、当時の滋賀県文化財課は、直ちに知事 に掛け合い保存センターを琵琶湖畔に設け、中央と掛け合ってこれを全て滋賀県に残す事に成功しました。

そのおかげで、この 時の10個の銅鐸は今も滋賀県蔵としてこの博物館にあります。

野洲市の銅鐸に直球勝負。

独裁者の末路

2018-10-22

※※※10月22日(月)※※※

徳川幕府の大老、井伊直弼による「安政の大獄」により、吉田松陰(享年29歳)が処刑されたのは、1959年10月27日の出来事です。 

はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも、 留め置かまし 大和魂」、これは松蔭が処刑時に詠んだとされる有名な辞世の句です。  

これを詠む直前の句の方は、「呼び出しの 声待つ他に 今の世に、 待つべき事の なかりけるかな」(呼び出しとは、死刑執行の通知)   

幕末の雄である長州藩のエリートとして育ちながら、全てを捨てて脱藩・密航を企て、幕末の政略により命を絶たれる。 

何が彼をそこまで駆り立てたのだろうと思いますが、その真意は誰にも分かりません。 

さて、テレビや新聞では、サウジアラビアのジャーナリストであるジャマル・カショギ氏が、サウジ政府からトルコの大使館で拘束され、惨殺されたと報じています。

この件について、マスコミではサウジアラビアの皇太子・ムハンマドの深い関与を伝えており、私達は報道により、改めてこの国が極めて独裁的な国家だと言うことを知りました。

また、アメリカ大統領との商売仲間という事実が、この事件を闇に葬る可能性も取りざたされており、今更ながら政治的な取引が正義となる社会の在り方を思い知らされています。

「安政の大獄」の首謀者井伊大老は、水戸藩士により江戸城桜田門外で斬殺されたのを始めとして、ドイツのヒトラー、ルーマニアのチャウシェスク、イラクのフセイン、リビアのカダフィーなど、名だたる独裁者は全て哀れな最期を遂げています。

さて、この先サウジの皇太子の運命やいかに。

反独裁に直球勝負。

 

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