2月, 2018年

不滅の美富士食堂

2018-02-24

※※※2月24日(土)※※※

今日は、母校同窓会理事会に出席させて頂きましたが、その前に、私たちが「美富士さん」と呼ぶ、懐かしの「美富士食堂」で腹ごしらえしました。

私はオム焼きそば(800円)を頂きましたが、相変わらず、他店の3倍の量がありましたので、さすがの私も少し残してしまいました。

さて、母校は本年、創立120周年の「大還暦」を迎え、秋には記念式典が挙行されますが、その前には、我が野球部の甲子園出場があります。

我が母校は、美富士食堂と共に永遠に不滅です^o^

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永遠の美富士食堂に直球勝負。

真のスポーツマン

2018-02-22

※※※2月22日(木)※※※

ピョンチャン五輪「ノルディック複合団体」で、前半飛躍で3位につけた日本は、後半の距離で4位に順位を落としてフィニッシュしました。

今大会で悲願の金メダル獲得を目指していたアンカー・渡部暁斗選手は、3種目を終えて個人ノーマルヒルで銀、同ラージヒルで5位、団体戦は4位に終わり、ソチ五輪の銀、6位、5位とほぼ同様の成績でした。

「『金メダルを獲る』とプレッシャーをかけていたが、結果的にソチと同じ。4年間で何も変わらなかったなという思いはある」

また、「気分はソチの時と一緒。銀メダルを獲ってうれしいはずなのに全然うれしくない」と率直な胸の内を吐露しました。

中でも、「ソチの前から数えると8年間戦ってきて結局何も変わらなかったのかな」とのコメントには、彼の無念さがにじみ出ていました。

個人ラージヒルの後には、「頂上は見えているけど上り方が分からない」と語っていました。

今日の団体戦後には、「山頂を目前にして1回引き返さなきゃいけないのかもしれない。 1回下山して自分を見つめ直して、装備を整えてもう一回登る準備をしようかな」との

コメントには、真のスポーツマンの姿を感じました。

このブログを書いている最中に、渡部選手が肋骨を骨折しながら競技に出場していた事を知りました。

五輪で金メダルに輝く姿を見る事は素晴らしい事ですが、敗北の際に真のスポーツマンの姿を見る事も素晴らしい事です。

渡部暁斗選手、お疲れ様でした。 捲土重来を期待しています。

真のスポーツマンシップに直球勝負。

一角ある爺と孫

2018-02-21

※※※2月21日(水)※※※

夏目漱石の「我が輩は猫である」に、「人間は角があると、世の中を転がって行くのに骨が折れて損だよ。」という一節があります。

高校時代の授業でこの話しを聞いたとき、友人から「お前の事や」と言われた事を思い出します。

私は小さい頃より、良く言えば、筋を通す正義感の強い男、一筋縄では行かない性格。 悪く言えば、融通の利かないやりにくい子どもでした。

さて、私の児童・生徒・学生時代を今振り返ると、小学校1年生から高校3年生まで、合計12年間全て、毎年担任が替わりました。

この間の担任12名の内訳は、男6名・女6名です。 そして、この12名の担任の私に対する評価は、見事に両極端、真っ二つでした。

評価して頂いた先生7名(男6名・女1名)、評価してもらえなかった先生5名(男0・女5)でした。

人間は「」があったら損だし、辛いし、苦しいものですが、その「」のを評価し、共感してくれる人達がいて下さったのは幸いです。

さて、私の初孫はこの4月で4歳になりますが、現在、幼稚園に通っています。 娘が、幼稚園での様子を動画などで送ってくれますが、誰に似たのかややこしい性格なのが良くわかります。

良く言えば、筋を通す正義感の強い男、一筋縄では行かない性格。 悪く言えば、融通の利かないやりにくい子どもです。 先生に嫌われない事を祈るような気持ちです。

一角ある人生に直球勝負。

営利ファースト五輪

2018-02-20

※※※2月20日(火)※※※

韓国ピョンチャンで行われているオリンピック・パラリンピックについて、怒っていることは、五輪組織の「営利ファースト」で「選手ファースト」が無視されていることです。

特にジャンプ競技を観ていると、寒さと強風、そして、午後9時から夜の闇の中で行われるという異常さです。

聞くところによると、欧州で人気のあるジャンプを、欧州のゴールデンタイムで放映するという理由からだそうです。

しかし、ジャンプ競技の様に風の影響を受けやすい競技を、この様な悪条件の下で行うことは、ただでさえ危険と背中合わせの選手を、さらに危険にさらすことです。

こんな異常なことが許されるはずがありません。ジャンプ界のレジェンドでさえ、思わず「中止でしょう」と漏らしたのも頷けます。

そもそも、今回、山の上に建設されたジャンプ台は、スタート地点の標高は800メートルで、風をさえぎるものがなく、5メートルから時には10メートルの強風が吹く場所だといいます。

このため、数年前に現地を訪れたIOC・FISの視察団は、競技を行うために風速は3メートル未満に抑える様に改修を指摘したようです。

そこで、日本製の長さ約255m、高さ25mという自動昇降のできる防風ネットを張り巡らせたものの効果は薄かったとのことです。

しかし、深夜に競技を行うのは、営利目的なのは明白で、これについては弁解の余地はありません。

選手がこの日のために精進節制し、鍛えてきた努力が一瞬にして台無しになる姿を観て、無念に思う者は私一人ではないはずです。

【昨日の回答】 二塁手が飛球をキャッチして2死、次の3死目を2塁走者のリタッチミスで取った場合、3塁走者の得点は認められます。 しかし、3塁走者のリタッチミスで取った場合得点は認められません。(選択の変更も可能) その選択を間違わないことです。

選手ファーストに直球勝負。

野球ルールの謎

2018-02-19

※※※2月19日(月)※※※

昨日は、ある会合で野球のルール学習会が開催され、「振り逃げ」や「テイクワンベース」、「インフィールドフライ」などについて解説させて頂きました。

特に「インフィールドフライ」について、様々な疑問や質問が出されましたので、「インフィールドフライ」のルールについて解説します。

~ ~ ~ 無死或いは一死で走者1・2塁及び満塁の時、打者が内野へ小フライを上げた場合、主審はインフィールドフライを宣告する事が出来る。

「インフィールドフライ」が宣告されると、その打者は自動的に「アウト」となる。 故に、その小フライを相手野手が取り損なっても、打者はアウトである。

しかし、走者は小フライが相手野手に取られた後にタッチアップを試みたり、或いは、取り損なった時、次塁を狙って行動しても構わない。

つまり、「インフィールドフライ」宣言された場合でも、プレーは中断されず、インプレーということである。 ~ ~ ~

そこで、皆さんにも、このプレーにまつわる問題を出題させて頂きます。 少々難しいかも知れませんが、水島新二氏の漫画「ドカベン」でも取り上げられたことがありました。

一死2・3塁の場面で打者はスクイズバントを試みたが、2塁手の頭上への小フライとなった。 スクイズだから、当然、2・3塁走者は次塁へとスタートを切っている。

2塁手は、この小フライを捕り2死。 次に、タッチアップをせずに3塁へ走っている2塁走者をアウトにするために、2塁手はボールを持ったまま2塁ベースにタッチした。

2塁審判はアウトを宣告し、スリーアウトが成立した。 ところが、相手チームには1点が入った。」 さて、これはどういうことでしょうか? 答えは明日に。

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野球のルールに直球勝負。

スポーツの考察

2018-02-18

※※※2月18日(日)※※※

ピョンチャンで開催中の冬期五輪も、羽生選手、小平選手が金メダルを獲得し、まさに佳境を迎えています。

しかし、スポーツには、まばゆいくらいの歓喜と栄光がある反面、辛く残酷な挫折が同居しています。 人一倍努力しても成果や成績が残せない場合の方が多いことを、私達は忘れがちです。

そんなことを考えながら、大学時代の「体育社会学」の講義ノートを開いてみると、その1ページ目に「スポーツの語源」が書き留められています。

~ ~ ~ 日本の「スポーツ」(SPORTS)は、「スポート=  娯楽」(SPORT)に「S」がついた複数形で、「競技会」や「運動会」を意味する。

スポートの語源は、18世紀のイギリスの貴族達の「気晴らし」のゲームである、競馬やゴルフ、クリケット、ボートなどを指す。

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これら気晴らしのゲームを「身体を使って運動する人」の事を「スポーツマン」と呼ぶようになり、そこから、様々の「スポーツ」が「運動する」という意味の動詞となった。 ~ ~ ~

さて、大学時代のノートに書き留められた「スポーツの語源」からスポーツの本来の意味を考えると、スポーツは人から強制されることでもなければ、嫌々行う訓練でもありません

オリンピックや国体を開催する目的や意義、競技力を向上させる方法や手段も、自ずとスポーツの語源の中にあります

スポーツの精神に直球勝負。

 

100回忌法要

2018-02-17

※※※2月17日(土)※※※

今日は、曽祖父の100回忌と母の23回忌を兼ねた法要を、清流山「蓮照寺」の太田信成ご住職にお勤めの下、営ませて頂きました。

太田信成ご住職は、私とは野洲幼稚園 ~ 野洲西(現・野洲)小学校 ~ 野洲中学校 ~ 膳所高校と14年間を共に過ごした同級生です。 お勤め、ありがとうございました。

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五輪選手の謝罪②

2018-02-16

※※※2月16日(金)※※※

昨日の続きです。 

オリンピックなどを見ている人は、期待していた通りのことが起こらなかった場合には、期待していた分だけ、落胆や欲求不満を感じてしまい、がっかりした気分から抜け出したいと思います。

スポーツ報道も同様です。 選手が勝ったり記録を達成した場合、勿論、その理由を報じる場合もありますが、その価値を強調する傾向が強い場合があります。

例えば、『〇〇種目では日本初の金メダル!』、『史上〇人目の記録達成!』などという表現です。

一方、負けた時には、対戦相手や気候、審判などの外的要因、選手自身の内的要因を挙げ、説明を加えながらソフトランディングさせる傾向があります。

選手も同様で、日本の選手は、負けた原因の追及から身を守ろうとして、他人に求められる前に自分で自分を罰し、それを世間に知らせているのではないでしょうか。

米国の選手は、感謝の言葉や対戦相手の強さを称えることで、原因の追究から自分のメンツを守ろうとしているのかもしれません。

『高校野球と精神主義』(作田啓一:1965年)では、 「球児が試合に負けた後、泣いていた。負けて泣くのは高校生選手が純真だからに違いないが、泣くほどに勝利を希求させる大人たちの圧力を思うと、その純真さに素直に同情する気持ちになれない 」との考察が書かれています。
 
そして、「日本の社会では、個人は集団を、集団はもっと大きい集団を代表する仕組みになっている。 オリンピックから高校野球に至るまで、人は国家のために、母校は郷土の栄誉のために、どうしても勝たなければならない

郷土や母校や後援会の期待を担って甲子園に出場する選手たちはもはや『個人』ではない。 チームの勝敗は背後の集団の実力の程度を象徴するから、絶対に負けてはならない」と続きます。
 
 選手たちは、代表になれば「個人」ではなくなり、所属する集団や国家の象徴であるために、「負けてはいけない」という重圧を背負います。 故に、任務を遂行できなかった自分を自分で罰し、詫びるのでしょう。

選手の好パフォーマンスや好成績は、応援する者の喜びでですが、日本という国のすばらしさを象徴するために、どうしても勝たなければという重圧を背負ってほしくはありません。

周囲の期待と結果が一致しなかったからといって、自罰的になってほしくはありません。 責任や呪縛から心身を解放してパフォーマンスをして欲しいのです。

負けた選手たちの「申し訳ない」という言葉を聞くとき、聞いているこちらも選手に対して申し訳ないような気持ちになってきます。(あるジャーナリストの問いかけをまとめました)

五輪選手の謝罪に直球勝負。

五輪選手の謝罪

2018-02-15

 

※※※2月15日(木)※※※

あるジャーナリストから、五輪で敗退し、謝罪の弁を語る日本選手への問いかけです。 

~ オリンピックなどのビッグイベントではしばしば、日本人選手がテレビの向こうにいるファンに向けて、涙ながらに謝る姿を見るが、何故、日本人選手は「謝」”のか。 スポーツの勝敗は誰のものなのか。

期待通りの結果を残せなかった時、日本の選手はお詫びの言葉をよく口にします。 期待通りの結果を出せなかった時やチームの足を引っ張るようなプレーをしてしまった場合「申し訳ない」と言います。

外国選手は、負けたときでもあまり謝らず、サポートしてくれた周囲、応援してくれたファンに感謝の言葉を述べますが、日本の選手はよく謝まります。

これは文化の違いから来るものだから、どちらが良くて、どちらが悪い、という種類のものではありません。

「何かをしてはいけない理由」を教えるとき、キリスト教文化圏では「神の命令だから」、日本文化圏では「他人に迷惑を掛けるから」とされることが影響しているのだと思われます。

オリンピックなどの国際的な大会では、各競技団体や指導者など、選手を直接的にサポートしている人からの期待や世間からの期待も大きなものがあります。

世間の選手への期待が大きく膨らむのは、マスメディアが選手への期待を大きく煽ることが影響を及ぼしていると思えます。

人の脳には「心地よい」という感覚を生むための装置である「報酬系」というドーパミン神経系があります。

喉が渇いている人が水を飲むと、報酬系は活性化します。 実際に水を飲んだ時だけでなく、もうすぐ水を飲むことができると想像するだけでも活性化するそうです。

これをスポーツ報道に当てはめてみると、これから始まる大会で、「日本の選手はメダルを獲得できるかもしれない」と期待を込めた文脈で報じると、大衆は応援する選手の活躍を想像するだけで報酬系が活性化されます。

胸躍る瞬間を逃したくないと思い、中継や記事を求めますので、マスメディアはできるだけ多くの人に試合中継を視聴してもう、記事を読んでもらう仕事をします。

だから、無意識的であれ、意識的であれ、期待させるような報道になってきます。 これが、活躍を期待される選手に重くのしかかります。 明日へ続く。

五輪選手の謝罪に直球勝負。

バレンタイン司祭

2018-02-14

※※※2月14日(水)※※※

今日は、いわゆるバレンタイン・デー(Saint Valentines Days = 聖バレンタインの日)です。 既に何日も前から義理チョコ、友チョコ、本チョコ等々、チョコレートの話題で一杯です。

しかし、ご承知の通り、バレンタイン・デーとチョコレートは何の関係もありません。 日本の製果メーカーの戦略です。

そもそも、バレンタインとは、3世紀の古代ローマ帝国に実在した司祭の名前です。 当時のローマ帝国では、皇帝クラウディウス二世が兵士の結婚を禁じていました。

それは、兵士が妻を持つことで戦争に行くのを嫌がるからです。 バレンタイン司祭は、この理不尽な命令に背き、愛する女性のいる兵士をどんどんと結婚させました。

これがローマ皇帝の怒りにふれ、バレンタイン司祭は処刑されますが、これが西暦270年の2月14日ことだとされています。

この殉職したバレンタイン司祭にちなむ祭日が「聖バレンタイン・デー」です。 チョコレートにのみ馬鹿騒ぎするのではなく、少なくとも、この位の歴史は知っておきたいものですね(笑)

ビールチョコ自動代替テキストはありません。

義理チョコの歴史に直球勝負。

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